合併推進の石黒氏当選
3町村の合併協議会再開に弾み(3月13日・日)
◇当選 石黒直次氏=4843票
次点 太田芳文氏=4134票
町民は合併を望んだ!。合併か単独立町かを問うて町長が任期を残したまま辞職した角館町の出直し町長選は13日、投開票が行われ、午後8時から町役場西側庁舎3階大会議室で即日開票された結果、合併推進を訴えて立候補した元同町助役の石黒直次氏(64)=表町下丁・無所属=が4843票を獲得、自立を主張した前町長の太田芳文氏(57)=田町上丁・無所属=に709票差をつけて圧勝した。これで合併か自立かを争点にした町長選に決着が付き、石黒氏は田沢湖町、西木村との合併に向けてボールを投げ返すことになる。しかし、両町村は2町村だけで合併推進の協議を進めており、19日には合併調印式を行い、25日には県へ合併申請を提出する予定だ。調印式を19日としたのは角館町の選挙結果を待つ意味も含んだと言われている。西木村の田代千代志村長は石黒氏の出陣式で激励のあいさつをし、当選の報を受けてお祝いに駆けつけるなど友好関係を示している。角館町が再び合併の流れに乗れるかどうかは残されたわずかな日々を使っての調整にかかるだけだ。
一方、同時に行われた町議補欠選(欠員1)も合併推進を掲げた辻均氏(57)=八割字八割・農業=が4664票を獲得して当選した。単独立町を訴えた高橋佐知氏(37)=東勝楽丁・会社役員=は3873票だった。投票率は町長選が76.92%で、町議補欠選は76.84%だった。
今度の選挙戦、表面上は石黒、太田両陣営ががっぷり四つの戦いに見えた。しかし、三位一体の改革に伴う地方交付税の減額、そして町の厳しい財政事情からも単独立町では将来、立ち行かなくなると判断して一度は合併を選択した太田前町長。それが最終的に「田沢湖町、西木村との信頼関係が構築できなかった」との理由での離脱は町民には分かりにくい面もあった。太田氏がいくら「行財政を切り詰めれば単独でもやっていける」と強調しても、田代西木村長が石黒氏の応援で述べたように「メンツにこだわった離脱では町民も不幸であり、将来への不安も拭いきれない」というハンディがあった。
角館町は江戸時代の昔から北浦地域のリーダーとしての存在感があった。その誇りを持つ町民は、合併で「角館町」の名が消えるのを惜しむ気持ちは強かったが、町財政の厳しさから将来、「財政再建団体」になる可能性もささやかれ、「このままで行ったら税金が上がる」などのウワサも流れた。このため太田陣営では「そんなことはあり得ない」と否定にやっきだったが、「職員の給与も階級的に削減する」、「町長報酬30%カット、助役、収入役の廃止」などと訴える公約は町の財政が切羽詰まっていることを裏付けるだけで町民に〃夢〃を与えるどころか、希望さえ失わせた。
一方で石黒陣営では「角館町だけが自立し、単独でやっていこうとしても無理だ。合併こそこの地域を夢のあるものに育てていく絶好のチャンスだ」と訴え、町民への急速な浸透を図った。加えて太田氏は町長時代に町民有志からあった角館高校と女子高の角館南高校の並列存続を願う先頭に立ってもらいたいと陳情を受け入れなかった。一方の石黒氏はその運動の中心役となって活動。角館南高校のOBら婦人層の支持も広がった。
当選した石黒氏は13日夜、同町岩瀬字勝楽の旧家具店に設けた事務所で典子婦人(64)と共に事務所を埋めた約200人の支持者に頭を下げ、「3町村での合併を継続すべきだとの訴えに町民が同意し、当選させてもらった。3町村での合併こそ正しい。角館町の離脱表明で田沢湖町、西木村には迷惑をかけた。その点はお詫びしたい。今度は3町村での地域づくり、教育、農業、産業など新しいまちのあるべき姿をこれまでの協議会で決めたことをベースに話し合いたい。角館町の名前、庁舎の位置というのもどういう地域にしていくかで頑張ることでこの地域から名前はなくならない」と喜びを語った。さらに石黒氏は田沢湖・角館・西木合併協議会は1月17日の臨時協議会で角館町の離脱を申し入れで活動が「休止」状態になっているが、「田沢湖町、西木村とは心を割って早急に話し合い、復帰させてもらうようにしたい」と話した。角館町の離脱表明を受けて、田沢湖町と西木村は2町村だけの合併協議会も設立し、19日には合併に向けた調印式も予定されているが、石黒氏は3町村の合併協議会はまだ生きているとして「2町村の合併は気にしてない」とも述べた。
当選祝賀会の会場には安杖正義県議、そして栗林次美大曲市長、松田知己美郷町長、熊谷勲中仙町長も駆けつけてお祝いの言葉を述べた。そして遅れて駆けつけた田代千代志西木村長は「角館町の良識の勝利だ。3町村は数百年も前から一つだ。西木村、田沢湖町、角館町が一つとなるよう一生懸命、田沢湖町長を説得する」と3町村合併の動きの再開に向けて努力することを約束していた。