現職と新人3人が届け出
4月17日の投開票に向けて選挙戦スタート(3月31日・木)
第16回秋田県知事選挙は31日告示され、午前8時半から県庁の県議会大会議室で立候補届出の受け付けが行われた結果、届け出順に前県生涯学習センター所長の谷口賢一郎氏(59)=無所属・新=、現職で3選を目指す寺田典城氏(64)=同=、共産党県委員会副委員長の佐々木良一氏(57)=共産党・新=、前羽後町長の佐藤正一郎氏(52)=同・新=の4人が届け出た。締め切りは同日午後5時だが、この4人による戦いがほぼ確定した。4人の候補者は4月17日の投開票に向けて17日間の激しい選挙戦を展開することになる。有権者数は男45万1341人、女51万2962人の合わせて96万4303人となっている。
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今度の選挙戦、寺田県政8年間の資質と実績を問われる戦いとなりそうだ。新人として戦いに望む3人はいずれも、寺田氏は秋田空港ターミナルビルの交際費をめぐる不祥事で県民の信頼を失ったと批判。加えてトップダウンの意思決定や市町村合併の進め方にも強権的だなどと反発する。
これに対して寺田氏は29日、大仙市で開いた知事を囲む集いでも「ターミナルビルの社長とは友人というか、お世話になった人で、飲み食いしたことは事実。おごったりおごられた間だったが、割り勘にしておけば良かった。誠に申し訳ない」と私的な飲食にビルの交際費が使われたことを率直に認め、謝罪した。
その一方で市町村合併や警察組織の改革、そして教育創成プランなどへの「トップダウン的の強引なやり方」との批判には「温泉をつくるとか、あれをつくるなどインフラ整備は喜ばれるし楽だが、政策を提言してやろうとすればワーと(批判が)来る」と交わし、「今の時代、スピードが求められる。先送りせずトップダウンも必要な時もある」と主張。建設中止を打ち出した真木ダムを引き合いに選挙戦に不利とか有利とかは考えず「隠すようなことはしたくない」と訴える。
確かにこの8年間、寺田知事が言うようにインフラ整備といった大きなハコモノ政策はなかった。その一方で個人が県の支援を受けて店を開けるようにした「開業・開店起業化支援事業」や高校生たちが空き店舗を借りて店を開けるようにした「チャレンジ・ショップ」などユニークなソフト事業は県の体質を変えた寺田カラーの一例として県民に大きな印象を残した。
そうした中でも今度の選挙戦は若者の雇用の場の確保や長引く不況の中でどう産業を振興させ、秋田を活性化させるか、地方分権と国の三位一体の改革に伴う厳しい財政事情の中で合併した自治体、あるいは自立を望んだ自治体をどうサポートしていくかなども課題となりそうだ。
候補者4氏の主な公約と経歴は次の通り。届け出順。
谷口賢一郎氏=▽企業誘致で県民所得を全国平均にする▽農産物、商工業製品の秋田ブランド確立に努め、売り込みに専念する▽成人病全国1、2位を返上し、専門病院の拡充▽特別養護老人施設を倍増させる▽あきた教育新時代創成プログラム計画を見直し、地域住民が中心になって地域の教育の将来像を描き、人減らし、経費減らしの教育行政を見直す。平鹿町生まれ。横手高校、東北大学文学部卒。県立高校教諭を経てミシガン大学院修士課程修了。文部省教科書調査官、合川、本荘、横手高校などを歴任。昨年4月から県生涯学習センター所長。知事選には19日、出馬を表明し、同日付で辞職。自宅は秋田市桜ガ丘。
寺田典城氏=大型投資事業を取りやめ、県庁職員も3500人体制としたスリムな県庁で770億円の経費を削減。その分を▽すべての幼児に保育料の助成▽特別養護老人ホーム500床の整備▽県内厚生連病院の改築支援▽公立学校全ての耐震診断▽農山漁村の振興▽30人学級の充実強化に向けた教員の確保▽新規雇用4000人を生み出す。大仙市(旧大曲市)生まれ。横手高校、早稲田大学法学部卒。創和建設社長、テラセキ社長を経て1991年横手市長。97年4月の知事選で初当選。
佐々木良一氏=▽県三役を含む県職員の他団体からの接待の禁止など清潔・公正な県政▽乳幼児医療費無料制度の継続▽パート、派遣労働者への均等待遇を求めるなど雇用の改善▽真木ダムなど無駄な大型公共事業計画を中止し、生活・福祉密着型の公共事業に転換するなど中小商工業を守り、発展させる。岩手県沢内村生まれ。県立黒沢尻南高校沢内分校定時制を経て、秋田大学教育学部卒。同時に民主青年同盟の専従員となり、その後、共産党専従員に。90年5月、秋田市長選に立候補(落選)。党選対部長、法規部長、宣伝部長、農漁民部長、自治体部長などを歴任し、02年12月に県委員会副委員長。
佐藤正一郎氏=▽中小企業の活性化を図り、地域の底上げに取り組む▽農林水産業や地場産業・観光資源を再生し、足元から雇用の拡大を図る▽少子化時代だからこそ、保育料や医療費の無料化・小学校の30人学級の拡大で日本一の子育て支援の実行▽スポーツ・文化活動を支援し、県民の誇りと自信の復活。羽後町生まれ。大曲農業高校卒。1973年4月、県農業近代化ゼミナール連絡協議会事務局長。77年6月、派米農業研修生として2年間、渡米。80年4月の町議選で初当選。町議時代「うご牛まつり」や東京で「嫁来いトラクターデモ」などを企画実践。95年6月、3度目の町長選で初当選。3期目だったが、31日の知事選立候補と同時に失職。