元大曲町長・田口松圃展始まる
坪内逍遥、岸田劉生らの書簡など展示(5月24日・火)
| 田口松圃翁展を見入る市民 | 田口氏(右から)6歳、9歳、11歳の時の作品 |
大仙市大曲図書館の市民サロン・展示室で郷土の文化人「田口松圃展」が開かれている。田口松圃は本名を謙蔵といい、今から122年前の1883年(明治16年)に当時の大曲町土屋館(現・大曲中通町)に生まれ、幼いころから学問と絵の才能があって、神童と評判を呼んだ。
大曲小学校を卒業後、秋田中学校(現・秋田高校)から東京専門学校(現在の早稲田大学)へ入学、卒業後は郷里に帰って、俳句仲間を集めて「万流古吟社」を結成、「まるこ川」という俳誌を発行した(1896年・明治29年)。また、翌年には大型文芸誌「白虹(はっこう)」も創刊。
日本画に優れ、1891(明治24年)、謙蔵8歳の時に秋田市伝神画会の展覧会に応募。その作品の素晴らしさに平福百穂(14歳)と並んで審査員の絶賛を浴びる。さらに仏画鑑賞にも力を注ぎ、多数の美術家や俳人らと交流。地元紙「秋田民報社」の前身「仙北新報社」の二代目社長(1918年・大正7年)を経て、大曲町長、秋田県議、大曲市立図書館長などの要職に就き、政治・文化と多方面にわたって活躍した。
作家の坪内逍遥や伊藤左千夫、柳田国男、東洋史学者で京大教授だった内藤湖南、さらに「麗子像」などで知られる画家の岸田劉生、角館町出身の日本画家・平福百穂、正岡子規門下の俳人・石井露月ら多くの文人との交流があった。1956年(昭和31年)1月16日、脳出血で倒れ、逝去した。72歳だった。
今回の展示会には田口氏が生前、交流のあった坪内逍遥や岸田劉生、平福百穂、内藤湖南、石井露月らからの書簡や田口氏の掛け軸、旅行記、早稲田大学時代のノート、写真、仏教に関する研究書、未発表の原稿など70点ほど展示されている。
松圃6歳で書いた「友吾(わがとも)」の文字と竹を描いた掛け軸、9歳の時に書いた「高山流水情相投」の掛け軸、さらに11歳で描いた正月に回ってくる万才師と子どもの絵の掛け軸はまさに「神童」と呼ばれた才能を存分に発揮し、息を飲ませる。
展示会は23日から始まったが、田口氏の娘さんの良さん(79)=大仙市大曲栄町=は「穏やかで欲のない恬淡(てんたん)とした人だった。図書館長をやっているころ、仕事から戻ると母の手料理でお酒を飲むのが好きで、あのころの笑顔が忘れられない」と思い出を語った。展示会は7月31日まで開かれている。無料。