子どもの自立を考える集い
プレイセラピストの左近さんの講演から(5月30日・月)
大仙市大曲のボランティアグループ「フリースペーストウービー」では28日午後2時から大曲花園町の中央児童館で、子どもの自立を考える集い「モヤモヤとした気持ちを抱える子どもの側で」と題した講演会を開いた。今回の講師はプレイセラピスト・スクールカウンセラーの左近リベカさん。
左近さんはルーテル学院大学を卒業。社会福祉学士を取得して、同大学の職員に。仕事のかたわら、ボランティアとしてルーテル学院大学附属「人間成長とカウンセリング研究所」で死別体験をした子どもと大人へのサポートグループのための企画・実践に携わっている。
02年から03年まで英国サリー大学院心理学部に留学、遊戯療法(プレイセラピー)を学び、遊戯療法士(プレイセラピスト)として、不登校、喪失体験、虐待経験など困難を抱える児童を対象にセラピー活動を続けている。
左近さんの講演概要は次の通り。
私はこれまで震災遺児、死別体験を抱える子ども、虐待、不登校、病気の子どもにセラピストとして関わってきました。セラピストの仕事を学び始めた一つのきっかけはある子どもに「お前なんかにオレの気持ちがわかるわけない」と言われた経験でした。その時はショックでしたが、彼の言った言葉は本当でした。私は今でも子どものことをすべて分かるとは思いません。分からないから知りたいと思って側にいさせてもらっています。特に「ごまかさない」というフレーズを心がけています。
子どもに対して、
ご めんと言えるように努める(自分のあやまりに気づく)
ま じめに答えるように努める(誠実に向き合う)
か えようとしないように努める(自分も相手も変えようとしない)
さ ぐらないように努める(興味本位にならない)
な ぐさめないように努める
い っしょにいるように努める(ありのままで側にいる)
今日は、その中でも「い」の「一緒にいるように努める」こを中心にお話をさせていただきます。まず、モヤモヤとした気持ちを抱える子どもの心について、また、子どものSOS反応と周囲への影響について、そして最後にそのような子どもの側にいるために私が普段から気にかけていることについてお話したいと思っております。
○「でっかいでっかいモヤモヤの袋」まず、一つの絵本をお見せしたいと思います。お聞きください。
ジェニーはいつもしあわせだった。やさしいママとパパ、最高のにいちゃん(たいていの時はね)、学校には仲のよい友達がいて、担任の先生もだいすき。そして、もちろんペットのロータスもいた。
でも、このごろ、だんだんモヤモヤしてきたの。それが「いっこ」のことだけではなくって「ぜんぶ」のことにいえるの。
太りはじめた気もするし、ロータスはノミだらけで、それに加えて親友は外国にいっちゃった。成績が悪くなったらどうしようって気になるし、友達にはコソコソ話(ばなし)、されたような気がする・・・・。パパとママが大げんかしてる、どうしよう。戦争が起こるかも、爆弾がたくさん落ちてくるかも・・・・どうしよう。 ある日、起きたら・・・・
ものすごくでっかい「モヤモヤ袋」があったの。それはどこにでもついてくるし、学校にも、水泳教室にも、トイレにも、テレビを見ているときにでさえ、ひっついて離れないの。
無視してもダメ、ほうりなげてもすぐ戻ってきちゃう。閉め出したけど、部屋にもどったら、もうそこにいる。もう、どうやっても離れられない。おっかない陰のようで、どうしたらいいんだろう。
お兄ちゃんに助けてもらおうとしたけど、コンピューターゲームで大忙し。「何、わけわかんないこと言ってんだよ。オレにはかんけいないよ!」。そんなこと言われたら、もう、だれかに助けてもらう気にならなくなっちゃった。なんだか、自分がバカみたいに思えた。
ママなら、たぶんこんなこと言うだろうなぁ。「あなたはな〜んにも心配することないのよ。あなたはラッキーな子よ。元気だし、友達も家族もいるし。ほかに何を欲しいっていうの。」って。だから、言うのはやめた。
パパなら、きっとどうしたらいいのか、わかるはず。でも、ちょっとまった・・・。だめだめ、パパは自分のことで精一杯(せいいっぱい)だ。言えないよ。
どんどん、どんどん、モヤモヤになっていく。「モヤモヤ袋」はでっかくなるいっぽう。袋がゴロゴロ動き回るから、じゃまされて眠れなくもなった。
ことはどんどん悪くなる。でっかい袋は足にからまって、学校に行くのもじゃまする。おかげで遅刻。先生にも怒られた。
ジェニーは先生にも言えなかった。先生はこういうに決まっているんだ。「そんなこと、気にしてばかりいて!学校で必要ないものは家においてきなさい!」って。
ジェニーは親友にそのことを相談してみた。彼女は「押入れにしまいこんで、考えないようにするといいよ」って。自分はそうしているから、と教えてくれた。でも、やっぱり、どうにもならなかった。
ペットのロータスにもどうすることもできない。でっかい袋にむかって狂(くる)ったようにほえ立てていたけど、もちろん、モヤモヤ袋はビクともしなかった。
ある朝、ジェニーは起きて着替えて、外に出た。もう、うんざりだ。涙がこぼれてきた。これからず〜っとこのでっかい袋と一緒にいなきゃいけないのかと思うと、道にへたりこんで、頭を抱えこんじゃった。
そんな時に、誰(だれ)かの声がしたの。見上げると、となりの親切なおばあちゃんだ。
おばあちゃんは「あら、まあ!」と叫ぶとすぐに「どおしたの?こんなに大きなモヤモヤ袋もって!」と聞いてきた。
ジェニーはどんなふうにそれが大きくなっていったか、どんなに、しつこくつきまとってきたかを泣きながら、話した。
するとおばあちゃんは「じゃあ、あけてみて、何が中にあるか、見てみましょう。」といった。
ジェニーはあせった。「もし、そんなことしたらモヤモヤが飛び出してきて、取り返しがつかなくなる!」
「そんなことお起きないわよ」と優しくおばあちゃんは言った。「モヤモヤにとって、見られることほどいやなことはないのよ。どんなちいさなモヤモヤでも、コツはゆっくり出すこと。ひとつひとつね。だれかに見せながら。そうすれば、モヤモヤはすぐにどっかにいっちゃうんだから。」 ジェニーはさっそくあ開けてみた。
おばあちゃんはモヤモヤの「グループわけ」をし始めた。ジェニーはすっかりビックリしちゃった。出てきたモヤモヤは、なんてちっぽけなんだろう!
袋の半分は「外の光が大嫌いなモヤモヤ」で、出したらすぐにどっかに消えた。残りのいくつかは「おばあちゃんが何とかできるモヤモヤ」なので、おばあちゃんのバスケットにいれた。
他のモヤモヤのなかには、「パパやママのもの」もあったので、持ち主に返した。
他に、「優しくすれば、どっかへいっちゃうモヤモヤ」もあれば、ジェニーの家族、友達、先生でもも持ち歩いている、ジェニーだけじゃなくて、誰(だれ)にでも「あってあたりまえのモヤモヤ」もあったの。
おしまいにはね、袋なんかは、いらなくなったんだ・・・・。
このお話はこれでおしまいです。
○SOS反応パターン
では、これらのモヤモヤを抱えた子どもがどのように反応するかをお話します。絵本の女の子も寝つきが悪くなったり、学校に行きにくい気持ちになったり、憂鬱なきもちになる場面がありましたが、これらのモヤモヤを抱えた時の子どもの反応を少し乱暴ではありますが、3つのパターンとしてお話させていただきます。これを「不安を抱える子どものSOS反応パターン」と呼んでいます。
1.心配無用児タイプ反応: 何事もなかったかのように振舞う
2.不健康児タイプ反応: 発達や成長に影響を及ぼしたり、身体的苦痛を訴えたりする
3.問題児タイプ反応: 社会不適応行動を抱える
3つの反応を、一時期に複数抱える子どももいれば、短期間に反応を変える子どももいる。
子どもの変化
モヤモヤを抱える子どもの反応について見てきましたが、もう少し具体的に子どもの内面の変化をみていきたいと思います。ここにジェンガというゲームがあります。これは山ずみされた棒の束から一人が一本ずつ下から棒を抜いては上に重ねていく、バランスゲームです。今回はこのひと束を一人の人間として一本一本に感情や周囲の人の存在を紙に書いて貼ってみました。様々な感情と人間関係を抱える一人の人がここにいると考えてください。ある出来事をきっかけに様々な感情と人間関係の変化、動きがおこります。そしてその人は自分自身の内面のバランスを取ろうとするのです。
私が担当しました面接の事例をつかって、具体的に表現したいと思います。
当時、10歳のAさんに会ったのは3年前でした。彼女はその1年前にお父さんをなくし、お母さんと2人の兄弟と共に暮らしていました。おかあさんによると、お父さんが亡くなって1年を過ぎた頃から、食欲がだんだんなくなり、寝つきも悪く頭痛と腹痛を繰り返しているとのことです。父との死別後に転居、そのために転校した学校にも行かれない状況がつづく、ということでした。ここですでにAさんの中で死別後、住まいの変化、学校の変化、健康の変化、抱いていた未来の希望への変化、家族関係の変化があることがわかります。
彼女の遊びや話しにはいつも「勝負のつかない戦い」のような無気力な雰囲気があることに気づきました。「お父さんがもどってこない」という状況もきちんと受け入れられないまま、慣れない土地での新しい環境で「すっきりしない」状況が1年ほどつづいていることが遊びに表されているかのようでした。彼女は「お母さんにはお父さんの話はできない。お父さんの話をすると泣くから。」と、周囲への気遣いもしていました。
いわゆる「不健康児タイプ」でありながら、時に「心配無用児タイプ」の反応を示していたのです。今まで我慢したこと、気になること、心配したことを静かにですが、少しずつ話す面接を重ねた後、彼女は友人と遊ぶ楽しさや学校に行く楽しみを見つけはじめ、腹痛、頭痛がなくなり、自分の生活を取り戻し始めたのでした。
絵本にあったように、彼女の抱える「すべてのモヤモヤ」が消えることはありません。ですが、自分のポケットに入るぐらいにモヤモヤが減ったところで私たちは「さようなら」をしました。ここではAさんのみの感情、環境、人間関係の変化を見てきました。その変化の中でAさんなりに周囲とのバランスを取ろうとしている事がわかります。
周囲にとっての変化
では、周囲の人にとってはどのような変化があったのでしょうか。
Aさんのお母さんをBさんとします。3人の子どもを抱えるBさんは仕事を休職し、6ヶ月間は家にいることにしました。自分にとっての「夫」を亡くし、子どもにとっての「父親」がなくなったことで「夫」が「父親」としてやっていたことを補うようになりました。そんな家族役割の変化にとまどっていました。また、様々な手続きを一人で行わなくてはならなく、頼る人のない不安を抱きました。
夫側の親族家族との付き合いにも変化がありました。夫のお母さんは時々遊びに来て、孫を気にしてはいろんなことを助言するようになりました。Bさんはそんな周囲のことも子どものことをも気にすることに精一杯で、自分の悲しみに近づく暇がまったくないかのように見えました。このようにBさんにとってはこの死別をきっかけに職業の変化、家族役割の変化、親戚関係の変化、相談相手の変化を抱えていることが分かります。そんな中で、とにかく生きていく為に精一杯、目の前にあることを行うことで周囲とのバランスをとろうとしているようでした。
では、夫のお母さんCさんはどうでしょうか。Cさんにとっては一人息子を失い、自分の悲しみを唯一の孫を気にすることでなんとか忘れ、バランスをとっていこうとするのでした。そうするあまりに沢山のことを孫のお母さんであるBさんに求めていくのでした。
他の子どもの中(A さんの兄弟)でもバランスをとろうとする変化はありました。Aさんの弟Dくんはとても「ものわかりのいい子」でした。お母さんとAさんの間で何か起こるとお母さんをなだめるように「背中をなでてなぐさめる」ことをつづけ、「お姉ちゃん、遊ぼう!」と明るい雰囲気を作ろうとする様子でした。「心配無用児タイプ」と言えるかもしれません。こうすることで家族のバランスを保とうとし、Dくん自身の気持ちを外に出すきっかけを失っているようにも見えました。
様々な変化を抱えた個人が集まって一つの家族を作っています。家族を一隻の「船」とたとえるなら、それぞれが精一杯の方法で船の中で全体が沈没しないために「バランス」を保とうとしているかのようなのです。
先程読んだ絵本の中では「あってあたりまえ」のモヤモヤというのもありましたが、これらが大変重要だと私は考えております。「あってあたりまえ」であるのに必要以上にそれらを「おそれ」てバランスを崩してしまう子どもや周囲をとりまく人が多くいるように思うからです。
○どのように側にいられるか
では、バランスを取ろうとしている状況で精一杯な一人一人に私がどのように関わる事ができるのでしょうか。この船すべてを支える力はありません。ただ、絵本にもありましたが、モヤモヤを外に取り出して見つめるための知恵を出し、「心の整理整頓」をするお手伝いをするように努めます。
「ありのままで側にいる」ことに努めます。このことは「自分を変えずにその人を変えようとせずに側にいる」ということです。それは「こちらが無理やり変化を起こそうとするのではなく、バランスを取ろうとして起こってきた変化をその人と一緒にまずは見つめる(認める)こと」に集中することだと思っています。
一人一人が精一杯のところでバランスをとろうとしていることが見えてくると、誰か一人が変わればいいのではなく、バランスの取り方を変えることが大事なのだ、と思えてくるのかもしれません。
例えば、ここに左右の手のひらを切り抜いた紙が2枚あります。これに今、Aさんががんばってやれていることを一本の指に一つずつ、合計5つ書いてみます。(1、学校に行きたいと思っている。2、誰かにSOSを表現している。3、親に心配かけまいとしている。4、少しでも食べる努力をしている、など)もう一枚にAさんがこれからがんばれたらいいな、ということ5つ書いて見ます。(1、1回でも外に出られる。2、家での会話を少し増やす。3、身体を少し動かす。など)そのことでAさんがその時点で精一杯行っている事が見えてくるのです。また、小さな変化をつくりだすきっかけが「これから・・・」を書き出すことで見えてくるのかもしれません。
(おわりに)
誰でもモヤモヤは抱えます。「自分だけの不安」を誰かと一緒に抱えられたときに、子どもは大きなモヤモヤ袋を捨てられるのだと考えます。最後になりましたが、私が子どもの側に寄り添う時に大事に考えている3つのことをお話し、終えたいと思います。
1、 マニュアルはない・・・お互いの係わり合い方に正しい方法も間違った方法もない。
2、 限界がある・・・自分に限界があることを知りつつ、相手にも限界があることを気づく。
3、 自分を大事にする・・・相手に自分を合わせるのではなく、「自分」のままで側に寄り添い、自然な変化を信じて待つ。(自分のことも大事にすることで相手も大事にできると考えている。)
今日は、お話を聴いてくださり、ありがとうございました。