集落の守り神〃鍾馗さま〃

大仙市板見内・善丁防集落

後世に残そうとコンクリートで再現(10月28日・金)
 
 
    コンクリートで再現された鍾馗さま。 撤去されたがこちら藁で編んだ鍾馗さま。

   鍾馗さまと言えば、集落の守り神として住民に敬われ、子どもたちには恐れられた昔からの神さまだ。以前は農村のあちこちで見られた藁(わら)人形だったが、農業の機械化でその藁が手に入らなくなって次第に姿を消している。その鍾馗さまの姿を後世に残したいと大仙市板見内の通称・善丁防集落ではこのほどコンクリートで鍾馗さまを再現、集落の入口の県道沿いに祭った。お面だけは昔から伝わる木製のものを使い、風雨で傷まないようコンクリートで回りを囲み、正面だけガラスを張って怖い顔が外から見えるようにした。善丁防集落の人たちはその鍾馗さまの鎮座式をこのほど行って、これからも末永く、集落の守り神として力を発揮してもらおうと祈った。

  善丁防集落は板見内の八幡堂、続場、白山堂、大面(おおつら)、善丁防の5集落20軒からなる。以前は八幡堂の県道沿いにあったスギの木を支えに鍾馗さまが飾られてあったが、そのスギの木が1991年9月の台風19号で倒れたため、鍾馗さまを祭る場がなくなって、お面だけをブロックの台座に置いていた。しかし県道拡幅工事のため昨年6月にそのお面も寄せなければならなくなった。

  面は集落の住民が一時預かり、今後、その扱いをどうするかと住民で話し合った。その結果、続橋在住で当時、仙北町の町議をしていた大河昇さん(70)ら役員に任せることにした。鍾馗さまを飾っていたスギの木の周辺には庚申塚の石もあり、大河さんらは江戸時代の昔から伝わる守り神を粗末には扱われないと相談。結局、元あった場所から20メートルほど離れた道路沿いに町の空き地があることから、そこを借りて移転させることにした。

  しかし、鍾馗さまの胴体を藁で編んで作れる人はもういない。大河さんらは何とか鍾馗さまのお面を生かせるようにしたいと仙北地域の冨樫左官工業所にコンクリートで鍾馗さまの体の再現を依頼した。

  業者も悩みながら、工夫を凝らし、形作りを始めた。そして藁の人形だと乳房と臍(へそ)は藁で編んだ丸い桟俵(さんだわら)を使って鍾馗さまのたくましさを表現するが、コンクリートでもそれだけは再現したいと乳房と臍の部分は桟俵のような模様を入れ、ずんぐりムックリ型だが完成させた。そして胴体は藁のような色で仕上げ、鍾馗さまに付き物のスギの青葉で作る髭(ひげ)は緑色の塗料で仕上げた。しかし、コンクリートだけに腰に下げる剣だけは再現できなかった。

  鍾馗さまが安置された土地は約66平方メートルの広さ。そこへ5個の庚申塚も移転させた。鍾馗さまは台座の石も入れて高さ2.5メートルほど。胴回りは1.5メートルほどの大きさでどっしりした構えだ。集落の人たちは「藁のようにはいかないが、鍾馗さまの姿は再現できた」と満足し、このほど行われた鎮座式では神事もやって祝った。大河さんは「自分たちの子どものころは稲刈りが終わると、新しい藁で鍾馗さまの衣裳を作り、神官を招いてお祭りをしたものだった。コンクリートの鍾馗さまとなったが、これからは秋の収穫が終わったら鍾馗さま祭りをやりたい」と話す。コンクリートでの製作費は44万円かかったが、県から出された移転補償費を充てた。

  一方、仙北地域の国指定史跡「払田柵跡」のある払田字真山には歴史民俗研究グループ「仙北史談会」の人たちが、1977年から毎年4月、鍾馗さまの衣替えをして保存してきたが、藁が手に入らなくなったことや作り手の高齢化、そして後継者難から途絶えてしまい、この春に鍾馗さまの面は保存したものの、藁人形は廃棄してしまった。会員たちはこれも時代の流れと残念がっている。

  鍾馗さまの過去の関連記事は下記から。

  http://www.kennichi.com/news04/Jul/n040702a.html