大仙市大曲図書館
武士の子が使った漢文の教科書も(9月29日・木)
大仙市大曲図書館の市民サロン・展示室で「教科書の歩み展」が開かれている。教科書がどんなふうに歩んできたかを江戸時代の昔から、現代まで約100点の資料を展示して語っている。
江戸時代。武士の子弟は藩校などで儒教の古典や歴史書、詩文などはすべて漢文の教科書を使い、庶民の子は寺子屋や塾に通って読み書き、そろばんを学んだものだという。
サロンには武士の子たちが教科書として実際に使った四書、五経などが展示され、訪れる市民たちは「昔の人たちはこんな難しい漢文で勉強したなんて信じられない」と驚いている。中学生の男の子も「ほとんど読めません」とまるで外国語を目にしたようにビックリしていた。
教科書は武士の時代が終わって明治に入ると、欧米から移入した教科書をそのまま翻訳して使ったりして何ら制限はなかったが、明治20年(1887年)からは文部省の検定を受けた教科書しか使えなくなった。その後、さらに行政が教科書に制限を加え、明治36年(1903年)からは文部省の国定教科書以外は学校で使えない制度となり、これが昭和20年の終戦まで続いた。そして戦後は民間で編集した教科書を再び文部省が検定して使用させる制度となった。
展示されている教科書には明治43年の国語読本、同45年の高等小学日本歴史巻2、昭和18年の初等科算数などの教科書も展示されている。また誰もが口ずさんだ「海はひろいな 大きいな 月がのぼるし 日がしずむ」の歌は戦前はカタカナと漢字の組み合わせだったが、戦後は平仮名になり、版も大きく絵も鮮やかになり、楽しく学べるよう工夫が凝らされているなど流れも分かる。教科書の歩みは10月31日まで。