秋田内陸線存続へ

仙北市西木町上桧木内地区

住民が結集し、「守る会」を設立(7月17日・月)
 
 上桧木内小学校で開かれた設立総会。   子どもたちも内陸線存続を訴えた。

   経営不振が続いている第3セクター「秋田内陸縦貫鉄道(本社・北秋田市)を守る会」の設立総会が16日、仙北市西木町上桧木内小学校体育館で開かれた。総会には同鉄道の社長で、北秋田市の岸部陞(すすむ)市長らを来賓に上桧木内地区の住民ら約300人が出席、同校児童6人が「ガンバレ内陸線、負けるな内陸線」と応援のメッセージを読み上げるなど地域を挙げて保存への熱意を示した。

  秋田内陸線とも呼ばれている同鉄道は1922年(大正11年)に鷹巣から角館町に至る鉄道として計画され、1986年(昭和61年)に部分開業(鷹ノ巣駅〜阿仁合駅、角館駅〜松葉駅)し、1989年(平成元年)に総延長94.2キロが全線開業(鷹ノ巣駅〜角館駅)した。

  しかし、人口減や車社会の進展などで利用者が減少し、毎年3億円近い赤字を計上、それを県と沿線市町村が無条件に補てんするのは困難として廃線の危機を迎えていた。そして県及び、沿線の自治体、商工会、観光協会などで組織する再生支援協議会では、06年どから10年度(平成18年〜22年)までに乗車人員を05年度実績の約51万人から1.6倍の82万人とし、赤字幅も半分の1億5000万円までに圧縮する「再生計画」を策定、再生に向けた最後の機会として取り組むことになっている。

  守る会は「秋田内陸線は、沿線地域住民の通学、通勤、通院など日常生活に欠かせない交通手段であり、利用者は減ってもその重要性は変わらない」とし、地域住民の生活の安定と活性化、観光路線としての将来の可能性を信じ、住民一人ひとりの熱意を結集、鉄路を守るための行動を起こそうと発足した。

  総会では会則と基本方針、そして事業計画として▽内陸線を守る意識の高揚と組織の拡大▽乗車運動の推進▽関係機関へ秋田内陸線の存続の請願を決めた後、役員を選出、会長に鈴木定平さんを選出した。鈴木会長は「厳しい社会情勢の下、存続の危機にある秋田内陸線だが、私たちの思いは一つだ。内陸線の存続を求める多くの方々と共に知恵を出し合い、内陸線を守り続けることだ」と訴えた。

  続いて北秋田市の「秋田内陸縦貫鉄道の存続を考える会」の佐藤昭春会長、NPO法人全国鉄道利用者会議の清水孝彰代表、秋田内陸線サポーターの大穂耕一郎さんが応援の講話をした。

  緑したたる中を走る内陸線。佐藤会長は「秋田内陸線の再生に向けた計画は非常に厳しいが、この計画は確実に実行しなければならない。秋田内陸線を地域の顔として存続に向けた事業を展開しよう」と呼びかけた。清水代表は「地方鉄道再生の運動と制度」について説明しながら、国の支援制度を受けるためにも「地域が一体となって秋田内陸線の必要性を訴え、実績づくりをしていくことが大切だ」と強調していた。最後に秋田内陸線のサポーターとして東京都内で小学校教員をしながら秋田に足を運んでいる大穂さんは「秋田内陸線沿線は日本を代表する里山の風景で、四季折々の変化が楽しめる。特に雪の中を2時間もかけて走るローカル線は全国でも数少ない」と恵まれた観光資源であることを強調。そして外から来た人の目で見つめなおし、観光資源として売り込むべきだと訴えた。

  3人の応援講話が終わると上桧木内小学校の児童6人がステージに登壇、一人ひとりがマイクを前に「私は友だちの家が遠いので、内陸線に乗って遊びに行きます。内陸線に乗ると普段、道路から見えないトンネルがあり、風景もとても綺麗。内陸線がなくなると、とても寂しい」「僕の家のじっちゃんやばっちゃんは温泉や病院に行く時はいつも内陸線に乗っていく。自分が高校生になって内陸線がないと不便だ。もっと利用者を増やし、赤字を少なくし、少しでも長く走ってもらいたい」などと存続を求めた。

  役員に地元在住の高校生も幹事への就任を求めるなど一体感を示した。副会長には阿部久昭、鈴木英二さんが選出された。