国の名勝指定

大仙市の池田氏庭園公開

県外などから約3000人が訪問(6月12日・月)

   国の名勝指定となっている大仙市高梨の「池田氏庭園」が10、11の両日、一般公開された。庭園は今、モミジやケヤキ、クルミなどの樹木が緑を深め、心いやす季節。東京や横浜、埼玉県など県外からの訪問もあって、2日間で約3000人が広大な庭園美を堪能した。

  池田家は山形県の本間氏、宮城県の斉藤氏と並ぶ東北3大地主として知られる。庭園は明治29年(1896年)の六郷大地震で家屋が倒壊したのを機に行われた耕地整理事業に合わせ屋敷地を拡張、秋田市の千秋公園を設計した長岡安平の協力を得て、明治39年(1906年)に着工、大正年代に完成させた。敷地はおよそ4万2000平方メートルで、家紋である「亀甲桔梗」に合わせ六角形となっている。当時は6000俵も入る米蔵やみそ蔵など5つの蔵や運動広場、プール、武道館、それに図書館として建設された県内初のコンクリート造り2階建て洋館などがあった。しかし、昭和27年(1952年)2月に母屋が焼失、現在は洋館や薬医門、蔵の一部を残すだけとなっている。

  だが、中島を有する池を中心とした回遊式の庭園、高さ5.2メートルもある灯籠や高さ及び笠の直径が共に4メートルもある国内最大級の雪見灯籠などはそのままで、多くの樹木と共に当時の面影を伝えており04年2月、庭園としては県内で初めて国指定名勝となった。

  そして池田家の承諾を得て同年6月から年2回の予定で公開を始めた。見学は薬医門前を待機場とし、20人から30人前後にまとまると、池田家顕彰会の人たちがボランティアで案内。「この正門から玄関までは130メートルの距離があります」「最盛期には1200ヘクタールもの田んぼがあって、米蔵には4万俵ものコメが収められました」「番頭から奉公人、それに日雇いの人を合わせると150人もの使用人がいたものです」などと説明すると見学客からは「ヘェー」と大きなため息も。

  洋館の前では「ここは迎賓館も兼ねた子どもたちのための公開図書館で、食堂や音楽室ビリヤードもありました」と説明。池田家は地元の子どもたちのために学校給食もやるなど、教育や地域の発展に尽くしたとの紹介には見学者も「いつごろだったのでしょう」と強い関心を寄せていた。

  今回から北側の運動広場跡も整備が終わったとして初公開された。「ここは野球やテニスもやれた広場で、滑り台やブランコなどの遊具もあった」と顕彰会員。池のほとりにある巨大な雪見灯籠の前に集まるとその大きさに息を飲み、記念写真を撮る姿もあった。池は今、紫色のカキツバタが盛りで、見学者を喜ばせた。横手市から来たという熟年の夫婦は「話には聞いていたが、本当にすごい。大したものです」と満足そうな表情を見せた。

  同庭園の整備を進めている大仙市では雪見灯籠のある池の中の泥の除去や老朽化し、雨漏りもする洋館を4年計画で復元することにしている。