佐竹北家の「御日記」をテーマに
「兵法初めの日」など武士ならではの生活習慣(6月23日・金)
大仙市の大曲古文書解読研究会(野藤鳳山会長)の定例研究会が23日、大曲図書館で開かれた。同研究会の会員は19人。定例の研究会は年3回開き、うち2回は会員が共同で解読に当たり、1回は専門員を講師に招いて勉強している。そして年1回は研修旅行も行っている。
今回は今年2回目の研究会で講師は会員の藤井隆男さん(75)=北長野=が務め、佐竹北家の「御日記」を解読した。藤井さんは豊川小校長を退職後、老化防止と体力づくりにと古文書の解読とカメラを趣味に打ち込んだ。佐竹北家は角館の殿さまのことで、佐竹家が関ヶ原の役後、秋田に遷された慶長7年(1607年)の年から67年後の延宝2年(1674年)から明治37年(1904年)まで「北家御日記」は書かれている。
「日記には事件あり、年中行事あり、祭り、風俗、生活文化があり、解読は本を参考に全くの独学で始めたが、面白くて止められない」と藤井さん。そして「自分の解読には誤りも多いと思うので、この機会に会員からも教えてもらえればと講師を引き受けた」と話した。
この日は14人の会員が参加。藤井さんは延宝2年正月18日から始まった佐竹北家の殿さまが直接書いた日記と宝永4年(1707年)に家老か、右筆が書いた日記を解読した。「殿さまが書いた日記は、書き方が幕府や朝廷からの命令伝達を誰でも読めるようにと唐の書法を取り入れた『青蓮院(しょうれいいん)法』で読みやすいが、家老や右筆の筆になると字の崩しも独特で解読も大変だった」と述べた。そして「古文書は少しずつでも毎日解読に努め、人前で読むことが上達への早道だ」と強調していた。
延宝2年正月18日から始まった日記は「18日 今日も雪降寒シ さりながら 昨日よりはうすく候(そうろう)」に始まり、「今日は未(ひつじ)の日ゆえ 兵法初め候なり」と武士ならではの生活習慣を記している。さらに「昨日は雪が強く吹き 野田村(旧中仙町豊川)に宿を取り 今日 帰ってきた。そして大殿さまとご相伴の御膳番となり 山田三郎右ヱ門 松井市郎右ヱ門源太夫を呼んで料理を振る舞い 若い鷹に生きた餌を与えた 大殿さまもそれをご覧になった」と日々の出来事を記している。タカは鷹狩りに使うタカであり、野田村は佐竹北家の殿さまが良く、鷹狩りに出かけた場所という。
古文書では「料理を振る舞い候」の「舞い」の字を「廻(まわ)す」と書いたり、琴の稽古の「稽(けい)」の字を「警」を使うなど当て字もあって、解読はナゾ解きにもつながる不思議な世界だった。藤井さんは「当時は寺子屋の師匠の教え方によっても文字の書き方が違ったり、地方によっても書法が異なるので古文書は難解な面が多い。解読の本もいろいあるが、やはり目を通して慣れることが大切」と話した。解読が終わると静聴していた会員たちから拍手が送られていた。