仙北史談会叢書第9集

ふるさと散歩「八束穂の道」発行

黒澤三郎さんの著集を一冊の本に(3月22日・水)

  大仙市仙北史談会(佐藤隆造会長)ではこのほど仙北史談会叢書第9集「ふるさと散歩  八束穂(やつかほ)の道・黒澤三郎著」を刊行した。仙北史談会の生みの親でもある黒澤さんが、長い間、旧仙北町の広報をはじめ町議会だよりなどに書きとどめ、広く町民に親しまれた郷土の昔の事柄や事実を探求したのを一冊にまとめたもの。

  八束穂は長くよく実った稲の穂を言い、江戸時代の紀行家・菅江真澄も「月の出羽路・仙北郡」で「田家路  八束たる穂波も袖にかかるかなゆたかなる世の小田の中みち」と歌っていることから名づけた。

  黒澤さんは1927年、当時の横堀村字福田に生まれ、農業に従事しながら俳句をたしなみ、69年から「仙北村史談会」の結成に関わり、76年からは北域創刊同人となる。さらに80年には「北方風土創刊会員」となり、現在は大仙市文化財審議委員。

  黒澤さんは1996年から04年にかけて合併前の旧仙北町議会報に「歴史の眼」「町のふるさと散歩道」と題して様々な角度から町の歴史や風土、生活を語った。中には県内で唯一の国宝指定となっている中仙地域豊川の「水神社」にある「線刻千手観音等鏡像」は300年ほど前、上横堀の若者が田んぼの開拓の時に掘りあてたなど興味深い話も。

  また堀見内生まれで、江戸時代の終わりごろ、厳しい修業の末に即身仏(ミイラ)となって現在、山形県鶴岡市の南岳寺にその身が安置されている鉄竜海上人の紹介など郷土史家ならではの著作や1896年(明治29年)に発生した六郷地震と当時の村の惨状の記録などもあって、旧仙北町の歴史を語る上でも貴重な一冊となっている。

  仙北町史談会誌「うもれ木」の巻頭言集も冊子には収録された。会誌は1971年3月に第1号が発刊され、87年3月の第12号まで黒澤さんは巻頭言を書いている。74年12月に発行された第3・4号の合併号では国指定史跡「払田柵跡」の再発掘調査のための事務所が開設された喜びを書き、その成果に期待を寄せている。

  巻頭言の後は「うもれ木」への寄稿家として活躍。史談会立ち上げへ大きな支えとなった古銭収集家・大西良彦さんの死(1998年6月)を悼んで第17号に寄せた「嗚呼  大西良彦さん〜よみがえる思い出〜」などは故人を知っている人にとっては懐かしい。この他、「北方風土」に書いた「わらの民俗歳時記」、さらに「雑輯」として「県南空襲の思い出〜グラマンの列車襲撃始末記〜」や「仙北キリシタンと水野了徳」と題した研究著書も掲載されている。

  著書についての問い合わせは大仙市堀見内字元田茂木、仙北公民館内「大仙市仙北史談会事務局」(0187─69─2105)。