共に歩いた半世紀
80組の夫婦を迎えてお祝い(10月20日・金)
| 大仙市の金婚式は箏曲で幕を開けた。 | 金婚夫婦一組一組に賀詞と記念品が贈られた。 |
大仙市の「金婚式」は18日、仙北ふれあい文化センターで80組の金婚夫婦を迎えて行われた。夫婦となって50年の長い歳月を互いに手を携え、共に歩んできた2人に「お祝いの意」を表したいと同市では「広報だいせん」を通じて1956年(昭和31年)4月1日から、57年(同32年)3月31日までに結婚したカップルを対象に参加を呼びかけていた。
金婚夫婦は市のバスや家族の車に送られて会場に入った。そして玄関に飾られた「大仙市金婚式会場」の看板を背に記念写真を撮ってもらう笑顔の姿もあった。80組の夫婦を迎えた会場のテーブルは真っ白な布で覆われ、半世紀を共に過ごした夫妻を迎えるにふさわしい晴れがましいムードだった。市からは久米正雄助役をはじめ、各総合支所長ら、そして議会からは橋本五郎議長と教育民生常任委員の議員らが参列した。
幕開けは宮城社大師範・塩寺リンさん(秋田市)の琴の演奏だった。塩寺さんは「新高砂」と「せきれい」の2曲を演奏し、歌った。
栗林次美市長は「皆さまは半世紀という長い年月を、幾多の困難を克服しながら歩んで来られた。そのご夫婦の深い愛情、固い絆に敬意を表し、衷心よりお祝い申し上げたい」と祝辞を述べた。
そして夫妻が歩んだこの半世紀を振り返った。金婚夫婦が歩み始めた50年代は、戦後の物資不足がようやく解消し、政治では左右社会党が統一し、保守合同の55年体制が確立、二大政党制が敷かれ、安保条約批准を巡って国論が二分し、保革対立の時代でもあった。そうした中、国を挙げて食糧増産に取り組み、テレビや冷蔵庫など家庭用電化製品が発売され、時代は高度経済成長へと突入した。そして都市部の発展を支えた労働力は集団就職や出稼ぎだった。
栗林市長は「皆さまはいわば昭和史の証人として半世紀を互いに過ごし、平和な地域社会を築いてきた」と祝し、「大仙市はまだ歩き出したばかりの若い市である。皆さまがお子さんを育てた時のような気持ちで見守って、時には厳しいお言葉をかけ、引き続き私どもへのご指導とご鞭撻を願いたい」と呼びかけた。
そして80組の夫妻一組一組ごとに回って金婚を祝う「賀詞」と黒の漆塗りに大仙市の金のマークが描かれたお盆を記念品として贈った。
来賓祝辞の後は同市大曲金谷町の日本詩吟学院岳風会の伊藤岳ふうさんが「金婚を祝す」の祝吟や祝舞を披露した。最後に仙北地域の鈴木節郎さん・律子さん夫妻が謝辞を述べて閉会した。(本紙から伊藤岳ふうさんの「ふう」の字は火偏に「習」と書いたものです)