大仙市曲陽会

地域の宝「古四王神社」

市と協働でガイドブックを作成(4月6日・金)

  大仙市の「曲陽会(冨樫公一郎会長)」では地域の宝「古四王神社」を語るボランティアガイド・マニュアルを発行した。曲陽会は大曲の東部の農村地帯、東大曲小学校学区をエリアとした住民グループ。「大曲の東、大曲の陽出ずるところ」がその名の由来で、旧大曲市時代に栗林次美市長が「地域住民が自ら考え、行動しよう」と各公民館単位に呼びかけた「地域いきいきビジョン対策支援事業」を受けて、郷土史研究家でもある冨樫会長を講師に神社について05年度、4回の勉強会を開催。それを元に曲陽会と大仙市企画部総合政策課が協働企画して編集し、ガイドブックとしてまとめたもの。

  古四王神社は室町時代の末期、元亀元年(1570年)、この地方の領主戸沢氏、奉行冨樫氏の下で、戦火からの守りと領民が穏やかで、平和に暮らせることを願って再建された。棟梁は昔から飛騨の匠(たくみ)と言い伝えられてきたが、1930年(昭和5年)の大修理の時、軒の組物の中に「古川村  大工甚平衛」と書かれた墨書が発見され、飛騨(岐阜県)古川村(現在の飛騨市古川)に問い合わせたところ、当時、古川にも腕利きの大工がいて、事情あって郷里を出奔、出羽の国へ行って城と神社を造ったという伝承があることが判明した。高畑の墓地には甚平衛の墓碑も伝わっている。

  ブックはB5スリム版で18ページ。▽曲陽会の活動と本冊子の趣旨▽わたしたちと古四王神社▽重要文化財  古四王神社─見どころ聞きどころ─▽Q&A▽古四王神社年譜からなっている。

  見どころ聞きどころでは「室町時代末期に建てられた社寺建築の形式は、それまでの和洋、唐様、天竺様などの各様式にとらわれず、それらを自由に採り入れた折衷様だった。古四王神社はその様式をも越えて造り上げられたという絶品で、さらに地方色を採り入れたり、作者の創意にも富んだ、まことに珍奇独特の作品」と解説している。

  こけら板で屋根を葺いた入母屋の神社本体、まれに見る傑作と言われる向拝の「菊の浮き彫り」や向拝上の「鴛鴦(えんおう)=おしどり=」を模した蛙股、擬宝珠(ぎぼし)の美しい彫刻、柱間を中断したようにして内部に付けた片蓋柱の採用など「奇中の奇、珍中の珍」「全国に類例のない卓越優秀の手法」など多くの専門家が高く評価した建築の美を多くのカラー写真で紹介している。

  非売品だが、曲陽会で700部、市で300部の計1000部、印刷した。