酒蔵開放で「グイッ」
日本酒ファン、品評会用の新酒を堪能(2月10日・土)
大仙市南外字悪戸野の「出羽鶴酒造」で10日、「酒蔵開放」があり、午前と午後で合わせて107人もの日本酒ファンが蔵の見学を楽しんだ。若い人たちの嗜好は最近、ワインや焼酎に人気が集まり、日本酒は押され気味だが、伝統の技で造られている日本酒の現場を見てもらい、少しでも底辺拡大を図りたいと毎年、蔵を開放しているもの。
今年は見学申し込みも多く、大仙市内だけでなく秋田市や男鹿市、横手市、さらには福島県や東京都、神奈川県など県外からも15人の参加があった。見学者には絞りたての新酒の「利き酒」サービスもあり、出羽鶴では「飲酒運転になっては」とJR大曲駅まで送迎用のバスも用意するなどサービスした。
そのバスに乗って次々と訪れる見学者。伊藤辰郎社長らは「ようこそ出羽鶴の蔵へ。お客さんたちは日本酒の応援団です」と歓迎。そして10数人のグループごとに分けてこうじ室、酒母室、仕込み蔵、酒を絞り出す槽場(ふなば)、精米所を見学。槽場には品評会や鑑評会に出す絞りたての「大吟醸」も出され、見学者はそれを試飲。女の人たちも「グイッ」とひと口含んでは「ウーン。おいしい」と目を細めていた。
そして精米所では「出羽鶴では原料の米は主に地元で栽培しているのを使い、その米を作っている農家の人たちが冬場はここで酒造りに励んでます」と説明すると感心したようにうなずいていた。
見学が終わると伊藤社長は会議室で一行を迎え、「出羽鶴がこの場に蔵を建てたのは大正2年で、その前はここから2キロほど離れた自宅で江戸時代末期から酒を造っていた」と蔵の歴史を語った。蔵を建てた翌年には強首地震があって蔵も倒壊、「酒が川に流れ、近くの人たちはそれを汲んで飲んだそうです」と言うと会場から「うらやましい」と笑い声が上がった。そして戦前、戦後は米不足で酒造りに苦労したことや「昭和50年をピークに日本酒の伸びも落ち始め、全国に4000ほどあった蔵も現在では1400ほどに減った」と述べながら、「これ以上、蔵が減らないよう酒の文化、伝統を守るため頑張りたい」とファンの期待に応えるよう気を引き締めていた。
表では餅つきも行われ、「皆さんは蔵の応援団ですから」と見学記念用にと限定販売している「酒槽(さけぶね)」と仕込み水、それにソバのサービスもあって「日本酒にはこうした人との付き合いを大事にする文化がある」と見学客は喜んでいた。男鹿市から来たという夫婦は「県内のいろんな酒蔵を見学している。楽しいのは普段は飲めない品評会用のお酒を飲めること。やはり香りは良いし、味も良かった。あれこそライスワインだね」と上機嫌だった。