大仙市協和の「大盛館」

リニューアルオープン

荒川鉱山坑道内の資料を移設展示(4月4日・金)
 

  大仙市協和荒川字川前の協和自然資源等活用交流促進施設「大盛館」がリニューアルされ、4日午前10時から現地でオープン式典が挙行された。郷土資料の展示と協和出身のプロレタリア作家・松田解子文学記念室だったのを一部改造し、荒川鉱山観光坑道「マインロード」にあった鉱山関係資料やジオラマを移設展示したもの。

  荒川鉱山は1700年(元禄13年)に発見されて以来、全国有数の銅山として栄えたが、生産量の衰退で1940年(昭和15年)9月に閉山している。明治末期から大正年代の最盛期には人口約3500人を擁し、鉱山内には病院や市場、劇場などもあり、協和地域の産業、文化、教育などに大きく貢献した。

  旧協和町では地域の発展を支えた鉱山の歴史を後世に伝えたいと鉱山跡地を整備し、1993年6月に観光坑道をオープン。しかし、06年6月に坑道の一部が崩落。市では存続も含め、荒川地区振興会や地域協議会、地元市議らと協議を重ねたが、最終的に安全第一を優先し、閉鎖を決定した。

  そして坑道内に展示されていた鉱山の写真や鉱石、鉱山工具の変遷、江戸時代や大正・昭和時代の採鉱現場を再現したジオラマ、それに鉱山繁栄を祈って山神神社に献額された仙北市角館町出身の画家・平福穂庵筆の版画「桃太郎」などの貴重な資料約390点を大盛館の第2展示室に移設し、鉱山の歴史を伝えることにした。資料の移設や展示室の一部改修などに約780万円かけた。

  式典には協和地域協議会委員や松田解子の会世話人、それに教育委員会職員ら関係者約30人が出席。栗林次美市長は「観光坑道の閉鎖にあたっては鉱山の歴史を確実に伝えていくため、荒川鉱山伝承検討会の皆さんの意見を聴き、坑内資料展示コーナーや鉱山記念室の展示品は、鉱山とゆかりの深い松田解子文学記念室と連携することが最もふさわしいと判断した」と報告。松田さんの長女として招かれた橋場史子さんも「このような形で新たな産業遺産、文化遺産として再出発することになり、母もどんなに喜んでいることか。本当に感謝してます」と礼を述べた。そしてテープカットを行ってオープンを祝った。

  大盛館は国道46号沿いにあり、1998年11月にオープンした。大きさ約884平方メートルの建物で、旧協和町が町の歴史を引き継ぐ拠点として、そして荒川鉱山に生まれ、実母をモデルにした「おりん口伝」や鉱山に生きる人々を描いた「山桜の歌」「地底の人々」など数多くの作品を残した松田さんの功績を後世に伝える記念室にしたいと建てた。松田さんは04年12月16日、東京中野の自宅で死去。99歳だった。

  鉱山資料が展示された部屋の入り口には鉱山の模型もあり、広大な規模が実感できる。そして坑道は閉鎖されたもののその内部を撮影した映像がDVDで再現されており、視覚体験もできる。

  入館は無料。会館は午前9時から午後4時半までで、月曜日は休館。また、年末の12月28日から翌年の3月31日までは休館する。