妻を失った悲しみを絵に託して

大仙市の木村さん

美郷町の学友館で「はるかへ」と題して洋画展(3月1日・土)

  美郷町の学友館で07年度第4回特別展として木村恭己洋画展「はるかへ」が開かれている。木村さんは大仙市川目在住で、2年前の5月にガンで亡くなった妻の看病のため、定年より2年早く角館西小学校長を退職。

  絵はその前から描いていた「はるかへ」(F100号)と題した3点と、妻が不治の病と知ってからの苦悩を描いた「告知」(F4号)、「バイバイ」(F6号)、酒の好きだった妻と共に行った酒場での思い出を描いた「カウンター」(F4号、F6号)、そして妻を亡くした辛さをそのまま心象風景として描いた「葬」(F100号、F50号)など18点とライフワークでもある「秋桜」(M12号、F4号、F6号)の3点を展示している。

  「はるかへ」の3点は「人類への希望を描いたもの」と木村さんは言うが、妻の死後2年経って描いたという「飛べない天使」のF100号、F80号、F60号は重苦しく、辛い。まさに〃愛別離苦〃の男の悲しみを飛べない鳥に託し、筆の赴くままに描いたものだが、なぜか絵の内側から光りが放っている。

  木村さんは「絵の内側から光るものを描いたのは初めてだった。妻が『あなた。そろそろシッカリしないと』とどこかで叱っているような気がして、少しだけ生まれた希望が光りを描かせたと思います」と語る。

  「カミさん」と木村さんが呼んでいる妻は、千畑南小の教諭を最後に病死した。58歳だったという。「早過ぎた死でした」と木村さんは悲しみを素直に顔に浮かべた。展示している多くの絵にはその悲しみと寂しさ、苦悩が描かれているが、出会いから40年の夫婦愛の凝縮でもあり、人を愛すると言うことは美しさと共に悲しいものであると語っているような気がする。

  ライフワークだという「秋桜」の背景にあるブルー、トルコブルーが悲しいほど美しく繊細だ。そして家族そろって行った思い出の場所、秋田市浜田の海を描いた「海鳥」からは画家として生きようとする息づかいが伝わってくる。

  木村さんは大曲高校、秋田大学美術科卒。1972年自由美術展初入選。75年、76年自由美術展佳作賞、78年自由美術展会員。

  木村さんの洋画展は30日まで。開館は午前9時から午後7時まで。月曜日休館。入館料は一般300円、高校生以下は無料。学友館は0187・84・4040。