神奈川県からIターンの薬剤師・畠中さん
大曲市角間川町で患者の立場に立って地域医療に取り組む(6月4日・水)
大曲市角間川町字町頭、通称・南団地に店舗を構える薬局「すばる」の薬剤師・畠中岳(たかし)さん(29)は秋田県のAターン事業を通じて神奈川県から昨年8月に、移り住んだ人だ。神奈川県生まれで、薬科大学を卒業と同時に川崎市の大病院に勤務していたが、田舎への憧れと、薬局「すばる」経営者の地域医療に取り組もうとする熱意に魅せられて都会を離れた。大曲市に移り住んで間もなく1年になる。「好きなナイターもテレビでしか見られず、たまには都会に戻りたいという五月病になることもあるが、患者さんと直に接し、患者さんの病気の回復をお手伝いできる今の職場は大好きです」と秋田を気に入って、秋田人に成りきろうとしている。
薬局「すばる」は元和光薬品(現・サンエス)に勤務していた黒丸長雄さん(50)が、生まれ育った角間川町に薬屋はあっても薬局がないことから、地元に貢献したいと1995年2月、「すばるコーポレーション」という会社を興して開業した。そして翌年の4月には同町出身で横手市の病院に勤務していた伊藤良医師(46)が地域医療に取り組みたいとすぐ近くに「伊藤医院」を開業。
当初、薬剤師は1人で間に合っていた薬局すばるは、薬の調剤量が医院の開業によって急激に多くなり、もう1人の薬剤師がどうしても必要になった。さまざまな道筋から人材を探したが見つからず、最後の頼みとして県のAターン事業を通じてUターン希望者を募集した。畠中さんにも県から要望があったが、秋田とは縁もゆかりもないだけに先行き不安もあって何度か断った。しかし、心の隅に「田舎への憧れみたいなものはあった」。そして人材を求めている黒丸さんと面談の上、話を聞いてみると地域医療への情熱が感じられ、「この人となら」と次第に心が傾いた。また「大病院というシステムの中に詰め込まれた医療をやるより、田舎で直接、患者さんと触れ合い、病気の回復のお手伝いをしたかった」と畠中さん。
一方の黒丸さんはまだ漠然とした考えだったが、単なる薬の調剤だけでなく病気で苦しんでいる人たちの立場にたった薬局でありたいと夢を語った。お互いのサイクルというか波長が見事に一致して、畠中さんは角間川町への移住を決心した。畠中さんの理想とする薬剤師の役割は医師と看護婦、そして薬剤師がチームを組んで1人では通院の出来ないお年寄りなどを訪ね、在宅のままで診療するということだ。薬局を経営する黒丸さん、そして伊藤医院の院長も同じような地域医療への理想があって、畠中さんの求める「在宅医療」へ向けたトライアングルはできあがった。
いま在宅医療を受けている患者は地元と仙南村、六郷町の20人ほど。畠中さんの役目は患者さんに薬の飲み方を指導したり、薬の効果のチェックなど。薬の専門家として患者さんに直接触れ、薬の組み合わせや種類の変更などを医師に助言もできる。時には伊藤医師と同行して患者さん宅を訪問、使用すべき薬を相談することもある。患者1人当たりの訪問は月に3〜4回、中には1週間に2回訪問する患者さんもいる。
在宅患者訪問は94年10月から薬剤管理指導料として保険点数が制度化されたが、秋田県内ではまだ余り知られてないという。それだけに畠中さんの存在は貴重だ。経営者の黒丸さんは「在宅医療はボランティアのようなものですが、この地域の医療機関として喜んでもらえればいい。それにしても貴重な人材です」と畠中さんの温かい人柄を評価する。
5月病にかかることもあると言った畠中さんだが、「子どもを育てる環境としてはこんなに恵まれた所はないですね」と秋田の空気を気に入っている。妻・みどりさん(31)は友人もいないためか「寂しがっているようですが、時間が解決してくれるでしょう」と畠中さん。2歳の男の子の下に妹が最近、誕生した。生活に不便さは感じなかったが子どもが生まれたときは市内のデパートを回っても乳幼児用のケア用品が少なく、秋田市まで足を延ばすなど苦労したという。
現在は同市船場町に仮住まいだが、薬局の近くに家を新築中。「秋田だからこそしっかりした家も持てます。秋田に来て本当に良かったと思ってます」と畠中さん。薬を受け取る患者さんの一人ひとりに服用の仕方、薬の種類を説明する畠中さんの優しい笑顔は、都会の人のおしゃれな言葉を苦手とするお年寄りにも受けているようで、違和感を感じさせない。
この秋には母校の昭和薬科大学の研究員と伊藤医師、仙北組合総合病院の医師の協力を得て「在宅医療」をテーマに日本病院薬学会や日本薬剤師会学術大会などで論文を発表することになっている。「医療に携わるものとしては患者さんとは最後の最後まで面倒を見て、回復のお手伝いをしたい」と畠中さんは目を輝かせた。