仙北組合総合病院

6代目院長に就任した小野地章一医師

「この病院を選んで良かった。そう思える病院にしたい」と抱負(11月2日・土)

 ちょっと失礼だが、メガネをかけたその目にはどこか「悪戯っ子」のような探究心の強さを感じさせる。外科医として手術台に立ち、メスを振るうにはその病巣をどこまで切り取ったら救えるのか、道理を探ろうとした長年の経験がそうした風貌を作り上げたのかもしれない。仙北組合総合病院6代目院長に就任した小野地章一医師である。52歳。同病院近くに実家があって、そこで生まれ、大曲小、大曲中を経て横手高校から東北大学医学部を卒業、外科医となった。生粋の〃大曲っ子〃である。「同級生のいる町っていいですね。楽しく酒が飲める」と喜ぶ。

 診療科目18科。ベッド数664床。一日の外来患者の往来は1300人を超す。東北大医学部付属病院第一外科から同病院外科医として2度目に赴任したのは1984年10月。以来、腰を据えて患者と接し、10月1日に大場富雄院長に代わって、50人の医師と344人の看護師を含めた職員数675人の組織のトップに立った。ほぼ一カ月かけて東北大や弘前大、岩手大、秋田大の医学部、大曲市仙北郡内の開業医、各市町村をあいさつ回りし、やっと落ち着けたのが月末だった。

 「医者としては患者さんと話している時が一番楽しいが、これからは少しずつ医師の仕事を減らさなければ病院経営に対応できない」と戸惑いの表情もみせた。病院が抱えている課題は多い。すぐにでも移転改築に向かうかとも思えた病院建設の見通しは厚生連の財政的厳しさから遠ざかった。駐車場の不便さ。そして快適な冷暖房施設のある新病棟は別として、旧病棟は冷房も効かない。「真夏は患者さんを気の毒に思うが、旧病棟の建物の構造から全室冷房というわけにはいかないんです」と何度も口にした。

 「しかし、病院の建設は院長レベルではどうにもならない。自分としてはこの病院をいかに患者さんに快適な病院として選んでもらうかを考えたい。それは安全な医療技術のサービスだけでなく、この病院を選んで良かったと思えるサービスの提供です」と医療の面になると口も滑らかになった。

 「医者は患者を治療して治すのは当たり前。退院していく患者さんと家族から感謝されるのは嬉しいが、それよりも助からない患者さんでも医師と看護師が気持ちの面で一生懸命に接し、人間らしく亡くなるのを見守り、精神面でどう支えるかが大事。亡くなっていく患者さんにも、その家族にもこの病院を選んで良かったと思える病院にするのが私の仕事です」ときっぱり。ご自身も2年前に20歳になったばかりの息子さんを病気で失っている。医療の限界、医師としての塗炭の苦しみも味わった。そうした体験がものを言うのだろう。助けられない患者をいかに心の面で支えるかをくどいほど口にする。

 医者の道を選んだ時は「診断から治療まで一貫してやりたい」と外科医を選択した。専門は消化器外科で、食道がんや胃がん、大腸がんなどの手術を年間500件ぐらい手てがけている。外科医は内科医の診断結果を見て「手術するだけ」の技術者になりがちだが、若い医師には「診断もできるだけ自分でやるように」と指導している。「秋田県はがんで亡くなる方が多い」と憂う。早期発見さえすれば治るがんが多いだけに癌検診をこまめにやることを強く勧めた。

 お医者さんと話すのは「苦手」といった潜在意識を持つ人は多いが、そうした雰囲気を払拭させる庶民的な温かさを感じさせる。医師としての垣根を感じさせない。趣味は山歩きとか。春は山菜採りを、秋はキノコ採りを楽しんでいる。