大曲市初の民間からの収入役

小松和夫さんに聞く

ペイオフ、公金管理に自己責任を求められる時代へ(3月28日・木)

 来月1日から始まるペイオフ。これによって自治体も銀行に預ける公金には自己責任を持たなければならない。銀行に金を預けながらも、いかに安全に守るかが自治体にも問われる時代だ。役所にも専門的な金融知識が求められるのである。そうした金融情勢を背景に高橋司大曲市長から白羽の矢を立てられ、収入役として小松和夫さん(62)は迎えられた。1954年、市町村合併で大曲市が誕生して、初めて民間からの登用である。14代目。

 小松さんは生粋の大曲っ子。大曲中学校から秋田市立秋田商業高校を卒業、県信用保証協会の仕事一筋に歩んだ。保証協会は事業資金を必要とする中小企業の信用を補完する業務で、協会が「公共的保証人」となって、融資の途を開く専門機関。「中小企業の埋もれている信用力を発掘し、繁栄に導く」を理念に県と市町村、それに金融機関が出資し合って創立された特殊法人である。いわば事業資金に苦しむ零細な中小企業に代わって、公の保証人となるのが同協会の仕事だ。

 「零細な中小企業を助けるために保証をするのだから、常にリスクはつきもの。しかし、恐れていては中小企業の発展にはつながらない。企業を伸ばすことが業務であり、企業の立場になって経営安定に尽くしたつもり」と淡々と話す。そのためには「普段から企業との結びつきを深め、経営相談に応じ、保証するための綿密な調査も必要だったし、金融機関との情報交換も欠かせなかった」と語る。

 小松さんは横手支所長、大館支所長、大曲支所長などを経て、1993年に本所総務部長、そして98年4月から専務理事の重職に就き、2000年3月に42年間勤めた協会を定年退職した。同時に市民ゴルフ場を運営している大曲スポーツセンターに迎えられ、01年3月から専務取締役。「ゴルファーにいかに気分よくプレーを楽しんでもらうか」とサービス向上に努めた。「これからはゴルフ場一筋に残された人生を燃焼するつもりだった」と小松さん。

 それが突然、2月下旬に高橋市長から呼び出され「収入役を引き受けてもらえないか」となってビックリ。「行政のことは何も分からないし、自分のような者が入るような所ではない」と辞退するつもりだったが、相談した相手から「そう言う星の下で生れたと思って頑張ってもらいたい」と勧められ、「とんでもない大役を引き受けることになった」と苦笑する。

 民間畑を歩んで来ただけに柔和な笑顔を絶やさない。しかし、家庭的には大変な苦労人である。82年3月、大館支所長として単身赴任中だった時に大曲市にいた最愛の妻は36歳の若さで病死し、残された小学校5年生の長男と幼稚園児だった長女を男手一人で育てた。その長男も北大に入って1年目に冬山で遭難死している。どん底の苦しみ、辛さををなめた。それでも仕事上では微塵も悲しみや暗さを見せなかった。「妻の死も、子どもの死も個人の問題であり、職場に感情を持ち込みたくなかった」と小松さん。「乗り越えられたのはみんなにカバーしてもらったおかげです」とも話す。

 引き受けた収入役は「市の財産をいかに安全に守り、管理するかに掛かっている。重大な責任がある。金融機関とは長い付き合いもあり、情報交換を大事にし、公金の適正な運営に努めたい」ときっぱり。26日の庁内各部長とのあいさつでは「今までは外から市政を見る立場だったが、これからは逆の立場となり、大変な責任とプレッシャーがある。行政に関してはアマチュアなので皆さんの教示を頂いて、市民の目線に立って頑張っていきたい」と述べた。

 収入役を補佐する武田茂会計課長は「金融情勢に明るいし、経験も豊富。心強い味方です」と歓迎する。自宅では滅多に酒は飲まないが、付き合いは大事にする。どちらかと言うと日本酒が好きだ。そして趣味はゴルフをはじめスポーツ全般。あけぼの町の自宅で娘さんと二人暮らし。