仙北組合総合病院長に就任した大場富雄氏
96・5・31記
父が体に異状を感じて大場先生を主治医に得た時は既に施せる治療法は無く、ただ「諦め」という言葉を胸に刻むしかなかった。医師にとって治せない患者を診察するときほど辛いものはないだろう。黙然と病室を出て行く大場先生の後ろ姿に当時の私は、その心情を深く読みきれず、一種の冷たい垣根を感じていた。十六年前だった。
人柄を感じ、心の隅にあった垣根が、すーっとかき消えてゆくのを覚えている。父はいい先生に診てもらったんだと。 医師四十二人の頂点に立ち、看護婦、検査技師など職員数五百六十七人の最高責任者として大場先生は四月、仙北組合総合病院の院長に就任した。外来患者は一日平均千四百人を超え、六百人近い入院患者の診察責任者でもある。
「医療とは患者さんと医師との人間関係が原点。人間として信頼されて、初めていい治療ができると思うんです」。終始、柔らかな笑顔を絶やさず医師として、院長として病院の運営方針を語った。東北大学で内科学を専攻。昭和四十六年、大学の医局から薦められて赴任。以来、二十四年。内科の“顔Pとして、無数の患者と接してきた。専門は呼吸器科。治癒不能ながん患者との出会いも数えきれない。「辛いですね。治せない患者の顔を見るのは」。眼鏡の奥の優しい目にチラリと陰りが走った。
「でも、苦しんでいるのは患者さん。待ってるんです。そういう患者さんほど医師が来てくれるのを。ですから、苦しんでいる患者さんほど足を運ぶことにしてます」医師とは「心と体を持った人間を診る人間学であり、患者に生きる希望を失わせてはならない」とも語った。 朝七時四十分には出勤し、帰宅は院長になって一時間遅い夜八時。新規に導入する多目的血管撮影装置、骨粗しょう症診断装置、老朽化したX線テレビの整備など医者以外の仕事も増えた。
「患者だけを診ていた時のほうが楽だったような気がする」と思う時もあるが、大曲仙北地方の中核病院として期待を寄せる多くの人のニーズに応えるためには弱音は吐いていられないと強い責任感をみせた。趣味は洋画と読書。宮城県鳴子町出身。娘さん二人のお父さんでもあり、上の子は薬科大学生。自宅では妻(51)と高校三年の娘と三人暮らし。 職場もお酒も楽しく明るくがモットー。職場の明るさが、患者の救いにもなると言う。「これからは外来診察の待ち時間の短縮も工夫したい」。常に患者の視点で考える。五十九歳。