5代目市長に再選された高橋司氏
本紙が拠点とする秋田県大曲市は、人口約39,900人の地方都市である。農業を基幹産業とし、商工業で栄えてきたまちでもある。これまでは駅前商店街を中心に活発な商業活動が展開されてきたが、市郊外の東側に国道13号線大曲バイパスが開通して以来、大型店が郊外に移り、駅前中心部が空洞化し、郊外型の商店が伸びる勢いを見せている。市が誕生して今年は42年目。現在の高橋司市長(67)は5代目となる。昨年9月24日執行された市長選は無投票当選で、3選された。
高橋市長の経歴と人柄を紹介する。
記事は記者(伊藤)が所属する地元紙「秋田民報」で昨年9月に掲載されたものである。
1929年1月26日生まれ。東大文学部西洋史学科卒。秋田工業高校教諭、県教育庁文化課長などを経て、1980年大曲市教育長、83年に助役。87年に市長初当選。大曲仙北広域市町村圏組合管理者。県管弦楽連盟会長。自宅は同市福見町11の23。妻・瑠璃子さんと二人暮らし。
[人間性尊重の市政]
3選を果たした高橋市長のこの8年間の姿勢をひと言で表現すれば「人間性の尊重」に尽きる。戦争文学作家・五味川純平は「人間の条件」で主人公・梶を創出し、その梶をもってして「センチメンタル・ヒューマニスト」として登場させた。高橋さんにセンチメンタルは似合わないが、あえて言えば「ロマンチック・ヒューマニスト」であろう。
3年前だった。重い知的障害を持った親たちのグループが高橋市長を訪ね、「ぜいたくは望みません。ただ私たちが他人の目を気にせずに子どもたちと共に憩い、安らげる場が欲しいのです」と懇願した。重度の知的障害を持つ子を抱える親たちにとって、気の休まる暇(いとま)は一日とてない。時には奇声を挙げ、不可思議な行動に走る。一日に何度もおしっこや便で下着を濡らす子もいる。
「怪我をしないか。火傷をしないか」。子を見守る親たちは片時もその不安と心配から解放されることはない。 それだけに週に一度か二度、一つ所に集まって子どもを預け、同じ障害を持つ子の親たちが交互にその子たちの世話をし、悩みを打ち明け、数時間、あるいは半日、子どもから解放された自由な時間を欲しいというのだった。
そうした重荷を背負った親たちがいること事態に気付かなかった事を高橋さんは恥じ入るように目を潤まし、自ら空家探しに出かけ、「家賃のことも心配しないで」と市が全面的に補助することを決断した。こうして丸子町に誕生したのが「希望の家」である。
あの時の慈愛に満ちた高橋さんの行動は、多くの取材体験の中でも忘れられない記憶の一つとして残っている。そしてまた、県立養護学校の誘致に向けても積極的に動き、「私はあなたたちの障害を障害とは思ってない。一つの個性だと捉えたい」と知的障害を持つ子の親たちを励ました。こうした言葉の端々や気配りに高橋さんのロマンチストでヒューマンな面を感じるのである。
同市角間川町にある精神科の市立大曲病院も高橋さんらしい福祉行政の一例である。仙北組合総合病院に経営委託していたが、病院は赤字経営に陥り、組合病院にとっては大きな荷物となった。廃院か市直営か。3年前、議会は病院問題で揺れた。
年間1億円を超す赤字が生じる病院だ。市が引き継ぐことになっても厄介な荷物になることに変わりはない。 病院のため1億円を超す負担は市財政を直撃する。結局、議会は患者を他の病院に引き取ってもらうより仕方がないとの方向に動きだした。ここでも高橋さんは踏みとどまった。
「患者とその家族の人道的な立場から考えてもらいたい」。議会と納得がゆくまで話し合い、市直営へと方向を変えた。赤字分1億円は現在も市の一般会計からの持ち出しとなっている。 その病院は著しい老朽化と地の利の不便さもあって現在、市街地近くに移転改築中だ。この改築を機に精神科だけでなく、高齢化社会の大きな問題となっている老人性痴呆症のための病棟も併設するという複合経営のも乗り出すことになった。物事の一面だけをとらえず、複眼的に見る高橋さんの知的合理性の表れである。
今年春には養護学校を卒業しても働く場のない子どもたちのために「福祉作業所」をオープンさせた。そして同市初の12階建の笑の口団地には総合福祉センターを同居させると同時に老人向け住宅を併設させるという福祉充実施策を取った。「人間性の尊重」がこうした一連の行政からうかがえるのである。
一方、座右の銘が「公平無私」というようにまちづくりには一貫して市街地と農村部のバランスの取れた発展に尽くしてきた。農村部にも公園をと国の補助事業である農村総合整備事業を導入、農村部の生活環境整備に力を注いだ。そして市街地では駅前第二地区土地区画整理事業。同事業の完成は平成19年度、総事業費は195億円を超す巨大な財政投資が必要だ。それだけに事業進捗率が目に見えず、関連する商店街から「横手や湯沢市などに比べてもまちづくりは遅れた」との不満の声も聞かれる。24日朝の出陣式ではそうした商工業界にある潜在的な不満を意識してか「新幹線開通に合わせ、大曲市に入って良かったと思われるパンチ力あるまちづくりを目指したい」と叫んだ。
具体案はまだ示されてないが、商店街の活性化に向けて何かしなければと心に期している面が感じられた。 高橋さんと一緒にドイツの友好都市・テトナング市の旅に出たのも3年前だった。午前4時、ふと目覚めると隣のベッドの高橋さんは恐いような大きな目をあけて天をにらんでいた。「もう起きたんですか」と私は聞いた。「ああ」。返事はそれだけだった。それから少し間を置いて、「しかしよ。オイ。市役所の仕事ってもんは、やってもやってもゴールが見えないもんだね」とひとり言のようにつぶやいた。
「ここに来てまでそんなことを考えてるんですか」「ああ。朝、起きて一番に考えるのは仕事のことだよ。これが俺の日課だな」。
私は市長という政治家の孤独と厳しさをかいま見た気がした。