仙南村の助役は33歳──村長の補佐役をこなして7カ月目(5月6日)
仙南村の松田知己助役は33歳。県内69市町村の中で最も若い助役として昨年10月1日に就任した。斎藤克巳村長(69)の補佐役として97年度予算を審議する3月議会も無事にこなし、一つの節目である半年を過ごした。就任7カ月目の時間を刻んでいる松田助役を6日朝、役場に訪ねた。
村長室前の助役席に座った松田さんは、一見して爽やかな感じの青年だ。失礼だが、助役という重みを感じさせるには若過ぎて、書生っぽさはどうしても拭(ぬぐ)えない。「ええ。ですから、得している面もあるんです。若いということで相手も許してくれますから」と率直に若さというハンディを認める。同時に「助役としての重みがない」というハンディも認める。「その辺はあまり意識しないで、ともかく斎藤村長の補佐役として議会と職員、村民とのパイプ役に努めたい」と話す。
笑顔がたえない。常にほほえんでいる。柔らかな人柄が全身からあふれてくる。同村金沢西根字二つ柳の松田家の3男として生まれた。末っ子である。祖父は誠三氏(故人)で村の2代目村長を務めた。父・耕一氏(67)は村農協組合長をしている。長男が県外に出たため、小さいころから「家を継ぐのはお前だ」と言われてきた。
その積もりで東北大学で農業を学び、その知識を活かそうと1986年4月、県庁入りした。希望通り農政畑を歩み、昨年4月からは県農業試験場主任として勤務していた。村ではそのころ、19年振りの村長選が話題になり、8月には一騎討ちの激しい選挙戦が展開され、11日に斎藤現村長が誕生した。それから間もなく実家を通じて、「助役になってもらえないか」と斎藤村長から強い要請を受けた。
「エッ、とただびっくりしただけです。信じられなかった。だって年齢も年齢だし、職歴経験も少ないし」。ためらい、悩んだ。村長からは「その若さで手助けしてほしい」と言われ、「米づくりの村としてこの村を育てたい」という村長の農政に対する情熱の深さに心うたれた。考えた末、県庁からの出向という形の助役としてではなく、完全に「村の人間に成りきろう」と助役就任を決意。秋田市の官舎を引き払い、妻の由美子さん(36)と二人の小さな娘を連れて実家に帰った。9月。村にはそろそろ秋風が舞っていた。
「斎藤村長はこれからの農業は効率化を良くするためにも基盤整備が大事だと10年、20年先の変貌を頭に入れて考えてます。すごい人だと思いました」と尊敬の眼差しを向ける。しかし、職員のトップリーダーとして立ったが、戸惑いの連続だった。「農業しか学んでない自分の知識不足です」と認める。「農業の事だけを勉強すれば良かったのに、助役となればごみ処理など村民の生活環境の事も覚えなければならない。ともかく行政全般に目を向けなければならず、勉強の連続でした」と話す。
家庭生活もガラリと変わった。公務で夜、家を留守にすることも多い。好きだった海釣りも止めた。スキーも今シーズンは3回と控えた。年齢差というハンディを何とか乗り越えようと村会議員とも積極的に雑談に入り、話を聞いた。戦争体験談も出る。実感は沸かないが、同調は出来た。農業にしても相手は経験則でものを言ってくる。「本で学んだ知識しかなかった自分には重みのある勉強でした」と勉強という言葉を良く使う。
113人の職員との関係は「自発性、発想性を尊重したい。ただ村長の補佐役として、職員のフレームというか桶(おけ)のたがを緩めたり、締めたりのバランス調整は私の役目と思ってます」と職員と村長の調整役という重い役目をハッキリと言い切るところには33歳という若さは感じられない。
「職務上、政治家とかいろんな人の話を聞けて、やりがいはあります」と目を輝かせた。斎藤村長は「人間関係を大事にし、農村という中身をキッチリ抑え、私がやろうとしていることを理論的に勉強してくる。とても勉強家だ」と高い評価を下した。家を留守にする日が多いから「土、日は家庭サービスを大事にしたい。子どもがまだ小さいでしょう。父親が必要なんです」と家族愛も示した。机上にはパソコンが置かれている。パソコンを使いこなせる助役さんとしても県内では珍しいかも。